多賀城での登校拒否・不登校を考える全国合宿

 登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク(不登校の子どもを持つ親や市民の会のネットワーク)とフリースクール全国ネットワークが毎年開催している夏の全国合宿が今年は仙台・多賀城で開かれました。震災から5年たったところでどのような状況にあるのかを語ってもらうシンポジウムがあったり、参加者が経験を共有したり、相談をしあったりする分科会が持たれました。僕も不登校を経験した若者の進路や社会とのつながりについての分科会を担当しました。
 宿泊と交流会などは多賀城を会場に行われました。多賀城の駅の近くを歩いてみると新しい建物が非常に多いことに気がつきました。震災の年、1年たった時に多賀城の小学校で教師をしているしている古くからの友人に聞いた話を思い出しました。ここでも津波の被害があり、子ども達のこころに簡単にはかり知ることのできない影響を残していることが伺える話でした。この写真は会場の一つであり、宿泊先でもあった建物の近くにあった電柱です。この高さまで津波が来たら大変な被害だったと思います。新しい建物が非常に多いのもうなづけました。地元の人々はその被害を声高に話されたりせれませんでした。この地の被害をあまり具体的に創造することが難しいまま帰った参加者も多かったのではないかと思います。訪問する私たちが思いを寄せる姿勢を持つことが大事なのだと思いました。th_p1000785

Jpeg
Jpeg

東日本大震災の支援活動

東日本大震災のあった2011年は毎月、シューレ大学では石巻を中心に被災地に行って自分たちにできることを細々と行いました。現在ではシューレ大学の学生とOBOGで地元の祭りやフリーマーケットに出展するなどして資金をつくったりして石巻に行っています。2015年は加入しているパルシステムという生協のご理解を得て助成金も頂戴して行かせて貰いました。5月21日に報告会がありました。私たちの活動に注目して下さる方があり、パルシステムの次号のニュースレターに記事が出ます。震災から6年目となり、更に熊本の地震などもあり、東日本大震災の支援活動は去年より活発になると考えにくい状況にあります。幸い、2016年度も助成金を頂けることになったので、足りないところを昨年度のようにお金をつくって石巻に行く予定です。th_錘作り

カンタベリー地震と東日本大震災 ”Two Big Earthquakes in NZ and Japan”

2月22日はニュージーランドのカンタベリー地震から5周年でした。そして、3月11日は東日本大震災から5周年になります。去年の春にIDEC国際デモクラティック教育大会に参加する折にカンタベリーに行き地元のフリースクール・タマリキスクールの代表のダイさんの家に厄介になりながら、タマリキや地域の人たちが地震とそれからの月日をどのように過ごしてこられてきたのかを聞きました。タマリキスクールには地震で出来た亀裂の後があり、建物の一部が使えないまま残っていました。また、震災住宅ができるまで仮設住宅に住めなくなり、タマリキの建物に一時的に住んでいるスタッフもいました。カンタベリー州の中心都市クライストチャーチは中心部にも地震の傷跡が随所に残り、タマリキスクールのスタッフの一人は、見るとつらくなるから町の中心にはなるべく行かないようにしていると話してくれました。カンタベリー州でも震災の傷跡は今もなお大きいのだということをつくづく感じました。
5年が経ち、ダイさんとカンタベリー地震についてメールを交わしました。ダイさんは、東日本大震災についても心を痛めて下さっていて、赤道の南と北で距離は遠いのですが、思いを馳せてくれる人がいることで、僕の心も温かくなる気持ちがしました。シューレ大学では福島・須賀川と宮城・石巻とささやかながらずっと繋がってきました。石巻・立浜では痛んできている仮設住宅に相変わらず住まざるを得ない状況があり、これからは漁業再開のためにした借金の返済が始まるなど苦労が増える話も聞いています。被害を受けた地域ではそんな大変な状況が今も続いています。その中には風評被害や、支援の減少などの現実もあり、3月11日を複雑な心境で迎えるように思います。

22nd February is the day of the earthquake of Christchurch Earthquake. Five years has passed since the day. I exchanged mails with Di who is Director of Tamariki School which is one of the oldest democratic schools in New Zealand. Last spring I visited Christchurch and stayed at her house. I listened to her and her colleagues’ experience. At the campus of Tamariki School, there is still crack of the earthquake and some parts of school building was not in use because of the damage of the earthquake. At the city centre of Christchurch, there were so many damaged palaces. One of the staff of Tamariki told me he won’t visit city centre because he don’t want to see such damages. Christchurch Earth quake still hurts the city and people. Di thinks about the people who have hard time because of East Japan Earth Quake occurred on 11th March five years ago.
Shure University has concerned to Fukushima and fishers village damaged by the tsunami since then. Still many of them live in sheltered houses which has many broken parts. Fishermen bought their equipment and they have to pay back the debt since this year. Its another burden for them. Unfortunately the support from the society is decreasing. I have very complicated feeling and thoughts just before 11th March.

"Listening to a ficherman's experience who lives in shelter house"
仮設に住む漁師さんの話を伺う。”Listening to a ficherman’s experience who lives in shelter house”
"Cathedral in Christchurch"
クライストチャーチの被災した大聖堂。”Cathedral in Christchurch”

台湾の地震

この週末に台湾の南部で大きな地震がありました。高層マンションが倒壊して多数の死者や行方不明者がまだ出ています。台南は父が晩年勤めていた地域でもあり、現地の友人達と連絡を取りましたが、大事はなかったそうです。この夏に台湾中部で開かれるAPDECの主催者にも連絡を取りましたが、そちらではあまり被害がなかったそうで、みなさん無事だそうです。台湾の人たちは3.11の時にいち早く手を差し伸べてくれました。何が出来るのか考えていこうと思います。

The big earth quake at the weekend in Taiwan surprised me a lot. The earthquake occurred in the southern place of Taiwan. One tall apartment house building fell down in Tainan City. I exchange mails with friends there. Also the organizers of APDEC are safe. Many Taiwanese supported when we had another big earthquake in 2013. We want to do what we can do for the people in that area.

JDEC2016

We had Japan Democratic Education Conference/ The Forum for educators of Diverse Education Sites at the last weekend. Approximately 250 people came together we exchanged our experience and discussed some hot issues. The movement to make a law for diverse education is such hottest issue among us. I was asked to talk about self-evaluation at free democratic schools in the world and at Shure University. Thank Dana to help me about it.

It was fun to see the friends and new people.
th_JDEC

The Collaboration Theater Production with Moscow International Film School

We had a very exciting collaboration theater production with Moscow International Film School (MIFS) in late December. Thirteen people were from MIFS in the middle of December. We played two dramas. One is “Oleysha” which was written by Kuplin, Russian novelist born in 19th century. MIFS students focus on the prejudice towards social minority people and how do we live with this situation. Shure University students played “The Parrot Training” written by Tagore, Indian poet of 19th century. Shure University students focused on the issue of self-determination in education.

MIFS students played “Oleysha” without words for Japanese audience. They played through dance, pantomime and music. Shure University students made Tokyo version of short theatrical dance of “Oleysha” without words. As a prelude of MIFS “Oleysha”, Shure University students showed theatrical dance of Tokyo “Oleysha” then MIFS students played authentic “Oleysha”.

Shure University students played “The Parrot Training” at a family setting. One family played “The Parrot Training” in their living room. Later a child of the family members spoke out her conflicts about her educational decision making. The animation film made by MIFS students were shown before the drama show of Shure University students.

We had three shows: two shows on Saturday and one on Sunday. After Sunday show, we had a post performance talk. The student directors and actors and staff members and the professional actress and director had a cross-talk. Then we had a party in which everybody could join. Quite a few audience participated and talked with performers and stage staffs. One of the MIFS students said before he came to Tokyo for this production, he felt MIFS was kind of isolated islands of freedom of expressions but here at Shure Univeristy, he feels another place of freedom of expression. Now he feels there may be more of those in the world.
パーティー

3.11東日本大震災を経験して

『ミンドゥルレ』2012年5・6月号に寄稿した文章です。


Ⅰ 序・3つの震災
 2011年3月11日に宮城県沖を震源としたマグニチュード9という大きな地震が起きました。この地震は、日本列島に住む私達にとっては3つの震災として経験されました。一つは、地震そのものの大きな揺れとその揺れから来る建物の損壊、液状化現象などによる被害です。もう一つは津波です。遠くはハワイ、チリまで5メートルを超える津波として被害をもたらした大津波です。最後は原子力発電所の事故による放射能被害です。この3つの震災は場所によって経験の仕方が違い、また、人によっても被災の捉え方が異なっています。
 震源近くの地域は大きな地震がたびたび起きている地域で、日ごろから建物の耐震化、避難訓練など地震に対する備えが進んでいる地域でした。死者は行方不明を含めると2万人近くなりますが、揺れそのものの被害から亡くなった人は4~5%でした。約95%は津波による死者です。原子力発電所事故による死者は今のところいません。この地震は、規模、震度ともに日本の気象観測史上最も大きな地震で、被害も統計を取るようになってからもっとも大きな自然災害による被害を出しています。
私は東京で地震を経験し、私のいるシューレ大学では基本的に毎月、被災地に行き支援活動をしてきています。この震災をどのように経験し、今、どのようなことを考えているのかを共有したいと願ってこの文章を書いています。
“3.11東日本大震災を経験して” の続きを読む

自由に向けてのメタモルフォセス

『ミンドゥルレ』2007年 5・6月号に寄稿した文章です。

『ミンドゥルレ』は韓国における脱学校、オルタナティブ教育に関する情報を発信している雑誌です

***

自由に向けてのメタモルフォセス

 人が自由になっていくということは、なんとダイナミックなことなのだろうと思う。元来、メタモルフォセスは生き物が自らその姿を変えることを指す生物学の言葉だ。ヤゴからトンボになったり、おたまじゃくしが蛙になったりすることを意味する。メタモルフォセスという語を使うのは、成長するという側面を示唆したいからではない。この変化が、体の内側から変わる大きな変化だということを表したいと思ったからだ。トンボや蛙は、メタモルフォセスで実に呼吸の仕方まで変えているのだ。さらに、自由に向けてのメタモルフォセスがダイナミックに感じられるのは、この変化がその生命体だけにとどまるのでなく、自分の周り、つまり社会へも働きかけていくような変化であるからだろう。
“自由に向けてのメタモルフォセス” の続きを読む